1950年代の邦画
市川崑監督が92歳で亡くなりました。
まさしく極楽往生、巨星かくれるです。
市川崑監督には多数の話題作がありますが、
私のベストは「ビルマの竪琴」「東京オリンピック」です。
名作「ビルマの竪琴」(31年)では、水島上等兵の生き方、太平洋戦争後戦地のビルマで坊さんになって、戦友を弔う生涯を生き抜いたその生き方を淡々と描いた作風は、後の市川監督作品と違ったものを感じました。
収容所の柵ごしに隊員達は『埴生の宿』を合唱し、一緒に帰ろうと必死に呼びかけた。しかし、彼は黙ってうなだれ、『仰げば尊し』を弾く。祖国のメロディーに心打たれる隊員達を後に水島は森の中へ・・・
このラストシーンは誰でも知っている歌とともしすごくぴったり来るシーでした。
そのビルマが今ミヤンマーの軍事独裁政権で、人権を蹂躙する国家になっている事に複雑な感覚を感じます。
そして「東京オリンピック」は作品が出来た直後、大変非難されました。
つまり試合が、それも日本の選手の活躍シーンが少ないとの指摘でした。
でもこの映画はオリンピックの記録映画として、あのヒトラー時代の「民族の祭典」とともに記憶に刻まれる映画です。
オリンピックを単なるスポーツの祭典として描くのでなく、人間の芸術的な肉体の極地として描かれ、今見ても新鮮です。
描いた内容は違いますが「民族の祭典」も単なるスポーツ記録映画の域を超えた作品だと思います。監督:レニ・リーフェンシュタールと言う女流監督の力量にも市川監督と同じ力を感じています。
市川崑 長篇記録映画 東京オリンピック
私が推奨する 古典映画リストへどうぞ
この年のベスト1位「浮雲」
見たと思うのですが、印象がありません。
この年はまだ中学生で、映画館に通うほど余裕がある生活ではなく、学校から連れて行かれたり、学校で上映されたりする映画を見るくらいでした。
学校から連れて行かれた映画では、この年ではなかったのかもしれませんが
「ヒロシマ」が印象が強い作品でした。
とにかく3分の1位は目をつぶりました。
原爆映画としては、リアルで厳しい映画だったのを覚えています。
その後この映画が再演されたことを知りません。
今ネットで調べてもそのことを紹介するページはありません。
この映画たぶんあまりに原爆後のヒロシマを再現したために、アメリカによってお蔵にされたのではないでしょうか。
そんな気がします。
私と同世代の方、団塊の世代の方は見られなかったかもしれませんが、
とにかく見事にどこにもその影すら見ることが出来ないのです。
映画「ヒロシマ」
もしご記憶になる方がいらっしゃいましたら、何かメッセージいただけませんか。
あのすごい映画が、忽然と消えてしまったのは、なぜなのかすごく知りたいのです。
このネット時代でも、映画「ヒロシマ」をどこにもとらえることが出来ません、
でも私があんなに衝撃を受けたくらいですから、ごらんになった方はたくさんいらっしゃったはずです、
何とかあなたの記憶と、その感覚、もし出来ればそれをもう一度見る方法が知りたいのです
なにとぞよろしくお願いいたします。<祈・祈・祈・平伏>
日本映画 1958年度1位 楢山節考
掟によって、母親を神の山に捨てる息子と、宿命に従う母親との肉親愛を描いています。暗い残酷な物語を、抒情派の木下監督は悲痛ではあっても、美しい映画に仕立てています。たときのものです。
木下作品田中絹代の演技がすごい!
今村作品の坂本すみこはやはりちょっと無理だったように思いました。 姨捨は残酷なものですか?
今日の高齢者時代(もちろん私も対象)老人ホームを姨捨にされるのと、息子の気持ちも分かりながら、姨捨山で死を迎えるのとどちらがいいのかというと楢山のほうがよいようにに思えます。
チベットには、死の館があるそうです。死期を迎えた老人に、死後の場所などを説いて成仏させるそんな館があるのです。
生きているほうが、自分の都合でこんなにして(老人ホーム)親を手厚くしたかを考えるのはどんなものでしょうか。
映画古典 黒澤と木下
日本映画1957年度ベスト1位
今井正監督 「米」
出演 江原真二郎 中原ひとみ 中村雅子 望月優子 木村功
この映画をきっかけに 江原と中原が結婚したということくらいしか印象がありません。
このころ唯一大人の雑誌は「家の光」
あなたは分からないでしょう。
そのころ農村にはそんな雑誌しかなかったんですよ。
この映画はそのために出来た映画だったんじゃないでしょうか。
農村に住む私にとっては当たり前のシーンばかりでそんなにいいとは思えなかったんです。
この年の映画で、当時といっても3年後位に場末の映画館で見たのですが、木下恵介と黒澤明でした。
喜びも悲しみも幾年月 蜘蛛巣城
「喜びも」は灯台守の話し、「蜘蛛巣」はシエクスピアのマクベスを土台にした黒澤映画、私はこの正反対の映画をやはり日本映画の誇りだと思いました・・・今もそう思っています。
黒澤も木下もこの年の作品が彼らにとって自身のよい作品とはいえないかもしれません。
特に黒澤には、興行中心の東宝の意向をたぶんに含んだ映画だったかもしれませんが、このころの私にとっては映画に酔いしれるに十分すぎるほどの作品でした。
そういう意味で、キネマ旬報の選ぶものとは違ったのかもしれません。
たぶんこれをお読みのあなたにはよく分からないかもしれませんね。
ここまでお読みいただいてありがとうございました。
キネマ旬報 1955年から1959年
ベスト1 1955年度 浮雲
監督 成瀬巳喜男 出演 高峰秀子 、森雅之 、中北千枝子 、岡田茉莉子 、山形勲 、加東大介
1956年度 真昼の暗黒
監督 今井正 出演 草薙幸二郎 、松山照夫 、左幸子 、内藤武敏 、飯田蝶子
1957年度 米
監督 今井正 出演 江原真二郎 南原伸二 藤里まゆみ 原泉 中原ひとみ
1958年度 楢山節考
監督 木下恵介出演」 田中絹代 高橋貞二 望月優子 市川団子 宮口精二
1959年度 キクとイサム
監督 今井正 出演 高橋エミ子 、奥の山ジョージ 、北林谷栄 、三国連太郎 、織田政雄 、多々良純
この時代、日本映画はエンターテインメントではなかった。
キネマ旬報のベスト選考は少し大衆的な感覚と外れていると私は思っていますが、それでもこの5年間に今井正が3度もベスト1位になっていることは1950年広範の時代を表していると思えます。
今井は共産党との関係言われた監督ですが、この時代日本の現状にそんな空気が色濃くあつたんでした。
とにかく全体にテーマが底辺を扱うものが多かった印象がいたします。
また、キクとイサムのように、黒人ハーフの子供が多く、戦後まもなくの日本の遺産が子供になって現れてきた時代でもあったのでした。
この翌年、60年安保闘争が日本中を駆け抜けたのです。私の青春の一番、デモ参加、学生運動参加のときでもあったのです。
黒澤映画「生きる」
について書いてみます。
黒澤監督は、こう語っている。
「この映画の主人公は死に直面して、はじめて過去の自分の無意味な生き方に気がつく。いや、これまで自分がまるで生きていなかったことに気がつくのである。
そして残された僅かな期間を、あわてて立派に生きようとする。 僕は、この人間の軽薄から生まれた悲劇をしみじみと描いてみたかったのである」
なつかしい手書きのポスター、これからもこんなポスター欲しいと思います。
さて映画に映画について映画は、唐突に、1枚のレントゲン写真から始まる。
ナレーター「これは、この物語の主人公の胃袋である。幽門部に胃ガンの兆候が見えるが、本人はまだそれを知らない」
この導入部は初めて見た私にとって驚きでした。
一瞬に緊張を与え、ドラマに引き込まれ、目が釘付けになりました。
主人公が貧しい人のために「公園」を作ったと言う美談の映画では勿論ありません。
がん宣告を受けた主人公が自分の死を受け入れたくないためにもがく姿、生きるとは何か、死にいくとは何か、彼のもがきの姿の中に私は見続けました。
「僕は、この人間の軽薄から生まれた悲劇をしみじみと描いてみたかったのである」の黒澤の言葉にえっと思う。
「人間の軽薄から生まれた悲劇」それなに?軽薄から生まれた主人公の最後の仕事とその死それが悲劇であったのか、黒澤の意図はそこにあったのか、もう一度見直してそれを発見したくなりました。
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■ 発行者: 詩音 魔
■ 連絡先 hiro1633@leto.eonet.ne.jp
映画古典 「傾向映画」真空地帯
昔は傾向映画と呼ばれた「左翼的映画」の一押しを見てください。「真空地帯」軍隊の中の実際に近いお話です。
ストーリー
「この主人公は反抗的でアウトローな人物であり、軍国主義とはあまり結び付けられていない。彼は軍国主義/軍事独裁の犠牲者というよりは、その中に潜む悪の犠牲者である。
そしてその悪は、当時の日本軍に特有なものというわけではなく、あらゆる軍隊、あらゆる官僚機構に存在するような不正である。だからこの物語は軍国主義を告発するというよりは、官僚機構内に存在する不正という普遍的な問題を扱った物語であるのだと思う。
彼と軍国主義が結びつくのは、ただ死への旅路でしかない南方の野戦行きという命令に従わざるを得ないという点のみにおいてである。」
この映画はいわゆる「傾向映画」戦前ならすぐ憲兵に逮捕されるような映画です.
太平洋戦争中の日本軍隊内部をえがいた映画で今でも繰り返される、軍隊という閉鎖生活内部での当時では、ビンタ・ビンタ(つまり上官が殴る)
今風に言えば「いじめ」組織的に認められた「いじめ」なんです反抗的主人公木村功は前線に送られる「いじめ」つまり死ぬことになる場所に送られる
その前に自殺する兵隊もいて、それを隠蔽する上官このことは、今日の教育委員会、文部省上官の姿と何も変わりませんだから行き所なくした、
子供(兵隊)が自殺、他殺におい込まれるのです。この映画は古典ですが、それを教えてくれるように思います。
ぜひ見てください、少し暗いのですが、案外楽しく見ることができます。絶対見てほしい映画のひとつです。
明日があることを知るために是非この映画を! 必見!!
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■ 発行者: 詩音 魔
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古典映画のキスシーン
今井正監督映画で初めて見た映画です
今井正「また逢う日まで」このガラス越しのキスシーンが大変評判になりました。
キスシーンが日本映画に登場した初めての映画でした今では考えられない事ですね今井正は共産党員で、戦後まもなくで、映画が取れるようになったマルクス主義者で社会派の監督であったなどなど、私にはどうでもよい話です。
この映画で岡田英二と久我美子が競演した恋人同士ですガラス越しのキスシーンより久我美子が映画に出たことに興味が大きい事でした。
彼女は確か華族の出身だと記憶しています。
彼女が映画スターなどになる、そんな時代になった、それも今井作品に出たこの感慨の方が大きく心の中に残りました。
ストーリーは戦中で不自由な恋愛、彼と会うことなく死んでしまうそういう戦後映画は多かったのですが、その中でも一番と言えるものだと思いますから、是非ご覧ください。
この映画で連想させられる事は、このあと日本映画が黒澤など世界的に認められるきっかけになったと思えるのです。
それがガラス越しのキスシーンに象徴されたと思っています。あなたはどうお考えでしょうか ●━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━●
■ 発行者: 詩音 魔
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映画古典 1950年代日本映画
1950年代の古典映画ベストワンキネマ旬報のベスト1を集めました。
やはりすべて見ていますが、この中で1番というと「生きる」でしょうか黒澤が花開く一番の作品だと思います。「い〜のち〜みじいかし〜〜」と歌う志村喬の姿がこの映画の総てを物語っていました。もう一度あなたも是非ご覧ください。
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